藤井たけし Official Site

P R O F I L E

埼玉県議会議員 藤井健志

1975年(昭和50年)9月生まれ
A型、おとめ座、うさぎ年
日本大学文理学部卒業

埼玉県議会議員(大宮区)1期目
警察危機管理防災委員会
自然再生・循環社会対策特別委員会

【略歴・資格】
民主党埼玉県総支部連合会事務局
島田ちやこ参議院議員元公設第一秘書
上田清司埼玉県知事元事務所長
清水勇人さいたま市長元政務秘書
大宮南小学校・大宮南中学校元PTA会長
青少年育成会元役員
社会福祉協議会(大宮区南地区)元理事
埼玉県認知症サポーター
埼玉県健康長寿サポーター
埼玉県シニアライフ案内士
防災士・さいたま市防災アドバイザー
国会議員政策担当秘書資格

E P I S O D E

幼少期(~中学校)

誕生から
1975年9月7日(昭和50年)生まれ
ごく普通のサラリーマン家庭で3人兄弟の末っ子としてたくさんの愛情のなかで育つ。5つ上の姉。4つ上の兄。
お兄ちゃん子で兄の行くところにいつもついていく。
小学校時代
近所の算盤塾では1級クラスまで進級。しかし現在、そろばんでは足し算引き算くらししかできない。
かけっこが得意でいつもリレーの選手。でも、リレー選手の中では普通の走力。
4年生からサッカー部に所属。とても強いチームだったが練習が厳しくグランド100周を課せられたりしたことも今では良い思い出。
 野球はできるが得意とはいえない。

「ガンダム」や「キン肉マン」が大好き。また、「週刊少年ジャンプ」を愛読。
 定番の「ドラゴンボール」や「ジョジョの奇妙な冒険」が 大のお気に入り。
 「ドラクエ」などのゲームにもはまるが親に厳しく制限され、あまりやらせてもらえなかった。

テレビドラマ「あぶない刑事」の影響で将来の夢は刑事。
中学校時代
引き続きサッカーに没頭。ポジションはディフェンシブセンターハーフ(今でいうボランチ)。実力は中くらい。
勉強は得意なほう。特に2年生から勉強することが好きになった。美術や体育の授業が大好き。なぜか相撲がとても強かった。
あまり目立つのが好きではなかったが、学級委員長、合唱祭指揮者などを指名されたりした。
 林間学校の余興で演劇の主役をやらされ、すべったことは今でも苦い思い出。

このころから歴史小説にはまる。はじめて読んだのは山岡荘八氏の「織田信長」。続いて吉川英治氏の「三国志」。兄の影響による。
姉の影響で「サザンオールスターズ」をはじめ邦楽をよく聞くようになる。
E P I S O D E

青年期(~大学)

高校時代
サッカー部に所属するつもりだったが、友人の誘いでラグビー部に入部。
 ポジションはバックスのセンター希望だったが、キックを見込まれスタンドオフに。 このころ体力が大幅に上昇し結構な筋肉マンだった。

このころから政治に興味をもつようになる。特に国際政治に強い関心をもち国連職員になりたいと本気で思っていた。が、 英語とフランス語のマスターが必須と言われ挑戦したが断念。
大学時代
部活等は通学に時間がかかるためせず、休日は引っ越しのアルバイトなど。
  体力があったので、エレベーターのない階段5階などの物件をよく指名される。
 先輩にも気にいられ仕事も早く覚えることができたため最年少準社員扱いにもなった。家庭教師なども経験。

「クイーン」をきっかけに洋楽に没頭。ケースの壊れた格安CDを中古屋さんで買いあさる。
 ロック、ポップほか幅広いジャンル。また、村上春樹氏の小説が好きで小説の中に登場するアーティストも集めて聴いていた。

政治にかかわる仕事をしたいと願うが、縁もなくどうやってよいかわからなかったところ、紹介された都内会社経営者から
 「繋いであげるからうちで修行しろ」と言われ、無給で付き人のようなことをやらせてもらう。

この当時、自らが政治家になろうとは全く考えていなかった。
E P I S O D E

政治の道へ(~社会人)

民主党埼玉県総支部連合会事務局
いくつかの国会議員事務所の面接も受けたが民主党埼玉県連で事務局として従事することに。このころはよく徹夜仕事。
3年半ほどで事務全般の仕事をひととり覚えることができたが、現場にありたいという思いから秘書へ。
参議院議員 島田ちやこ事務所
衆議院議員選挙の候補予定者だった島田ちやこ氏の秘書として勤務。
 秘書になった直後、民主党と自由党の合流による候補者調整があり、 島田氏が候補者から外されるという事態に困惑。

紆余曲折を経て2003年10月の参院補選に島田氏が出馬。連日ほぼ徹夜状態で家に帰れない生活が一カ月ほど続く。
  このころには結婚して子どももいたが、当時1歳の娘に忘れられ、抱っこするも大泣きされる。とってもショッキングな思い出。

この選挙で島田氏が落選。事務所も閉所となり、他事務所での秘書の誘いもあったが、身も心も疲れ切ったため転身を決意し就職活動を行っていた。
 しかし、2004年7月の参議院本選に島田が出馬することとなり呼び戻される。当選を果たし、公設第一秘書として6年間従事。このころの髪型は坊主。
自らの足で政治家としての道を歩もうと決意
島田氏の秘書時代、自らの力で地域のためにもっと貢献したいと自身の出馬を決意。
 2011年4月の県議会議員選挙では、16,526票もの支持をいただくも落選。
再び秘書として
自身の落選後は3.11の被災地支援などに参画。上田清司埼玉県知事の事務所所長なども期間限定で務める。
国会議員公設秘書としてのお誘いや、清水勇人さいたま市長から政務秘書としての依頼をいただく。
 国会議員公設秘書と比較すると、市長政務秘書は給与がとっても低かったが、自身の視野を広げたい、更に研鑽したいという思いから
 市長政務秘書を選択し3年ほど務めさせていただく。
再び県議会議員選挙に挑戦するも落選
地域への思い。期待をしていただける方々になんとか応えたいという思いから2014年12月末に市長政務秘書を辞し、2015年4月の県議会議員選挙に再度挑戦。17,814票と得票を伸ばし僅差まで迫るがまたしても落選。
民間企業へ
落選した次の日すぐにお誘いがあった人材サービス、老人介護施設、自然再生エネルギーなど多角的に取り組む民間企業に勤務。
 政治への道はあきらめる。学校経営や中国との貿易事業、小水力発電など、さらに新規事業に意欲的な経営者のもと奔走する。
 ベトナム、ウズベキスタン、台湾等々への海外出張や国内出張なども多かった。

上記企業との連携を見据えた法人の代表に就任。本格的な活動をはじめた矢先、これまで2回対戦した県議会議員が辞職し補欠選挙が実施されることに。
 熟慮に熟慮を重ねて選挙戦に再出馬。

2017年8月27日初当選。当確が出たとき事務所は駆け付けた支持者の喜びで満ち溢れたが、当の本人は喜びというよりも期待にしっかりと
 応えていかなければという強い緊張の気持ちだった。

E P I S O D E

現在

議会関係(過去の所属委員会)
県土都市整備委員会
地方創生・行財政改革特別委員会
産業労働企業委員会
少子・高齢福祉社会対策特別委員会
議員連盟
ASEAN友好議員連盟
防衛議員連盟
地下鉄7号線延伸・沿線地域整備促進議員連盟
東武アーバンパークライン利便性向上促進議員連盟
首都高速埼玉新都心線の東北自動車道までの延伸・高速埼玉大宮線の圏央道までの延伸及び関越自動車道までの延伸を促進する議員連盟
観光産業制作推進議員連盟
中小企業を支援する議員連盟
盆栽振興議員連盟
最先端技術振興議員連盟
サッカー振興議員連盟
ボーイスカウト・ガールスカウト振興議員連盟
北朝鮮による日本人拉致問題の早期解決を図る埼玉県議会議員連盟
防犯のまちづくり推進議員連盟
水泳振興議員連盟
東京オリンピック・パラリンピック応援議員連盟
ラグビー振興議員連盟
バスケットボール振興議員連盟
所属団体等
非営利活動法人埼玉国際人材交流センター理事(国際協力、NPO支援等の団体)
明日のさいたまを創る会(さいたま市に提言等を行う団体)
キワニスクラブ(子ども達のために活動する奉仕団体)
さいたま商工会議所青年部(交流、地域貢献等を目的に経済人で構成された団体)
3Kクラブ(3Kの由来は、企業、経営、研究会)
創友会(青少年育成のためのティーボール大会開催事業等を行う団体)
子ども食堂きちんとキッチン(多世代交流事業)
上山口新田の米づくりを応援する会
さいたま新都心倫理法人会
大宮地区警察官友の会
大宮自衛隊協力会
家族
妻(ジャニーズの「嵐」にはまっている)
娘(高校一年。「お父さんにそっくり」と言われるのを嫌がる多感な年ごろ)
好きな食べ物
カレー、納豆、辛いもの
好きなこと
読書(特に歴史小説、司馬遼太郎氏の作品が大好き)
料理(家でもよくつくるが、自分の好きなカレー味にしてしまう傾向があるため
 家族から「作ってくれるのはありがたいけどカレー味は嫌」と言われている。)

アウトドア(キャンプが大好きで道具も揃えたが時間がなく埃をかぶったまま)
スポーツ全般(学生時代の部活はサッカー、ラグビー)
シュノーケリング
現在はマラソンとグラウンドゴルフに挑戦中。
好きな言葉
知行合一(知識と行為は一体であるということ。本当の知は実践を伴わなければならない)